Special
エッセイ

旅の感動が日常にある土地。
南相馬市で過ごした夫婦の休日。

南相馬市で過ごした夫婦の休日

一月の終わり、夫と旅をしました。二泊三日で訪れた相双地域の沢山の素敵な場所と、出会った人々のことを、そして何より彼らと共有した静かな時間のことを、いま、私はずっと覚えておきたいと思っています。

愛知から南相馬へ

愛知県から福島県までは、地図で想像していたよりも行きやすい。朝家を出て、飛行機と電車を乗り継ぎ、私たちは昼過ぎには目的地に到着していた。

移動中の飛行機から撮影した写真

久しぶりの二人旅に訪れたのは、相双地域。知人を頼りにして、ずっと行ってみたかった福島県へとやってきたのだ。南相馬市の鹿島駅に降り立ち、深呼吸すると、新しい空気が私の中に入ってくるのが分かった。

東北という言葉のイメージから寒いだろうと覚悟していたのだが、むしろ暖かく、からっとしていて過ごしやすい。晴れた青空がすっきりとして美しく、気持ちのよい潮風が吹いていた。

鹿島駅に向かう電車内で撮影した写真

「みそづくり教室」で、はじめまして。

今回の訪問先は南相馬市に住む知人に全てお任せをした。食や体験を通じて様々な魅力を教えていただいたが、特に思い出深いのは味噌作り体験をしたことだ。

参加したのは、創業は江戸時代末期という南相馬市鹿島区に店舗を構える若松味噌醤油店さんのワークショップ「みそづくり教室」。幅広い世代が一緒に体験できる教室ということで人気を集めている。今回はこの「みそづくり教室」をとおして、夫婦で南相馬市に住む方々と交流させていただいた。

若松味噌醤油店さんのワークショップ「みそづくり教室」

南相馬市に移住し、4月にカフェ「cokuriya(コクリヤ)」をオープンする松野和志さん・美帆さんご夫妻。結婚を機に愛知から南相馬市へ移住したライター蒔田志保さんと、その2歳の息子さん。そして会場を貸してくださった福島市出身の小原風子さんは、なんと夫と同じく日本画科出身のアーティスト。素敵な人たちとはじめましてと挨拶をして、若松味噌醤油店さんの指導のもと真剣に味噌を仕込む。

みそづくりの様子①

人って真剣に作業をしていると無言になるもので、けれどその無言が、初めましての皆さんとなのに心地よく共有できたことが印象的だった。こういうことって、たまにある。風子さんの飼い犬チャオが、たまに足元をふわっと通り過ぎる。犬って人間より気配を察すると思うのだが、彼もまた私たちの間に流れる良い空気が分かるのか、楽しそうにしていた。

みそづくりの様子②

会場となった風子さんのアトリエは、海からすぐの山の上に建っている。その日は暖かく風も少なかったので、窓を開けて作業をしていた。時折入ってくる海と木々の香りを含んだ風が、麹の良い香りと合わさって、空間をやさしく包んでいた。うれしいな、と私は思った。こんな気持ちを日常で味わう大切さを、ずっと忘れていたことを、思い出したのだ。

アトリエで撮影した南相馬の空

味噌を作って、海を歩いて

「みそづくり教室」のあと、全員で近くの海へ行った。動物に好かれがちな夫は、風子さんのチャオともすぐに打ち解け、砂浜でリードを持たせてもらう。チャオと一緒に、あっちへ行ったり、こっちへ行ったり。その合間に皆でおしゃべりをして、海を見る。空を見る。

風子さんのチャオと砂浜で

彼はよく、人より動物の方が一緒にいてラクだと話す。それは人見知りな夫の性格的に大いに納得できる言葉で、事実そうなのだろうが、今回の滞在中、地域の方との交流の中で、彼はそんな一面を見せることはなかった。むしろ積極的に、一緒に過ごそうとしていたと思う。それは何故なのだろうと考えたとき、私は南相馬市の、ある特徴に気がついた。

砂浜

沈黙が心地良いという、旅の感覚

好ましい関係性についてその条件を述べるとき、私はいつも「沈黙が心地良い」というのを挙げる。私は夫と違い、おしゃべりな方ではあるが、会話と同じくらいそこに生まれる空気感のようなものを味わいたい。だから無言でいられることを、一つの基準としているのだ。

私は、そのためには、長い年月をかけて築き上げた信頼が必要だと考えていた。けれども今回の滞在を通じて、もう一つ良い無言をつくることのできる可能性に至った。それは、旅の感覚だ。

南相馬の海①

私たちは皆、旅先に、非日常を求める。そこには仕事がなく、面倒な人付き合いがない。望めばスケジュールも存在しない。外へというよりは、自分の内に向かうような感覚。私にとって旅とはそういうものなのだが、どうだろう。

旅先で、見たことのない景色を見るとき、言葉はもう何もいらないような気がする。そこに誰かといたとしても、無言のうちに感動を共有できるとわかるからだ。互いを見つめ合わなくても、同じ方向を向いていられる。その無言って、とても心地良い。素晴らしい空間だと思う。

今回感じたこの感覚は、この、旅で経験する沈黙に似ている。そしてそれは私たち本当の旅人だけでなく、そこに住む人々も、そうなのだ。

集合写真

海と空を眺めているときに、周りの人を見てみた。するとその目が、まるで旅人のようにきらきらとしていたのである。住んでいて、いつも見ている景色のはずなのに。まるで初めて見るように、彼らは変わりゆく空の色を、波のかたちを、音を、愛おしそうに見ていた。

きっとすべてが、毎日、新しいのだ。空の青が次第に色づき、美しいグラデーションへと変わってゆく様子を見ながら、私はそう思った。新しい。だからここに住んでいる人たちは、旅人のような感覚を持っていられるんじゃないだろうか。だからここに生まれる沈黙は、こんなにも心地良いものなんじゃないだろうか。

南相馬の海②

南相馬市の職人が話したこと

別日、鹿島区の高橋甲冑工房を訪れて、甲冑師の高橋一幸さんにお会いした。甲冑について伺った面白い話を書き起こすにはあまりにスペースが足りないのだが、その時間の中で高橋さんがおっしゃった言葉を、ここに載せておきたい。

「人の繋がりって大事だよね。自分一人でやってたってどうしようもないもんね」

それは、何か同じジャンルのものごとを、協力してやろうという意味のことではない。それぞれで生きる人と人とがつどい、繋がり、時間を共有する。そしてまた自分一人でやることに持ち帰って、再び会う日を想いやっていく。そういうふうに、私は受け取った。

鹿島区の高橋甲冑工房

今回の短い滞在で、私はまさに、そんなことを感じた。何か多くの言葉を交わさずとも、同じものを共有するということは、とても尊いことだ。そして南相馬市という場所は、人々を自然とそうさせてくれる土地であり、環境だった。味噌作り体験中、味噌を仕込む音を聞きながら、風の匂いを嗅ぎ、うれしいなと思った感覚。あれはきっと、人が繋がっていることを実感していたからなのだろうなと、今私はこれを書きながら振り返っている。

白鳥

住人をも旅人にする空の下で、私たちは

360度広がる南相馬市の空が忘れられない。特に夕方、青空が頬を染めていく時刻。向こうはピンク色のグラデーションで、向こうは鮮やかなオレンジ色。住人をも旅人にする空だった。

そして色は次第に濃度を増し、やがてすべての色をぎゅっと濃縮したような、深い星空に変わる。

南相馬市の星空

家に帰ってから「思い出すね」と言いつつ目を閉じると、夫も同じように「思い出すね」と言いながら目を瞑った。言葉にしなかったが、私は知っている。彼も私も、あの空を、まぶたの裏に浮かべていたはずだ。

余談だが、最後に少し、画家である夫の絵の話を。滞在前に少しスランプに陥っていた彼の絵が、南相馬市滞在後、素晴らしい方向へと進んだ。「人の繋がりって大事だよね。自分一人でやってたってどうしようもないもんね」という高橋さんの言葉が思い出される。一人でやっていくしかない彼だけど、やっぱり人との繋がりで得られることは、大きい。

夕方の港

旅をしてよかったなと思う。また、旅がしたいと思う。

再び会える日を想い少しでも前進しよう。きっと彼らもそのようにして生きているし、そうして皆でまた集まったなら、その時はもっと素晴らしい沈黙を、あのピンク色のグラデーションに溶かせるかもしれないから。

夕方の海

Writer Profile

山田ルーナ

愛知県在住のフリーランスライター。芸術大学の音楽科を卒業後、エッセイやコラム、取材記事など、ウェブコンテンツを中心に執筆を行う。画家の夫と一匹の猫と暮らしている。

<ライターおすすめ!相双地域の好きな場所>

cafe’ NicoNico-do’(南相馬市鹿島区)。納屋を改装した素敵な空間のカフェです。オーナーが日々研究を重ねるケーキは味も見た目も素晴らしいの一言。実はオーナーさんは、記事内に登場した甲冑師 高橋さんの娘さんでもあります。店内には鎧櫃(よろいびつ)が応用されているテーブルも?是非注目してみてくださいね。

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