Special
エッセイ

相馬の海で出会う、
美しく尊い “光” と “色”

相馬の海

太陽は山から昇り、山へ沈むもの。
太陽の光によって映し出される山の稜線が、心洗われるほど、美しく尊い。

わたしは、ここに来るまで、そう思っていました。
しかし、それだけではない世界線もあることを、盆地育ちのわたしは、ここ相馬に来て体じゅうで感じています。

相馬の朝は、真夜中から始まる

深夜1時すぎ。温度計がマイナス2℃を指しているなか、わたしは愛車を走らせた。
街灯はなく、すっかり寝静まった町の中を10分ほど東に走ると、ポツン、ポツンと、丸い灯りが見えてきた。漁港に近づいている。

見えてきたのは、相馬のシンボル、松川浦大橋。
大橋を渡り終えると、真っ暗の中で波の音が微かに聞こえる松川浦新漁港に着いた。10艘ほどの漁船が目に入り、男たちの声が聞こえる。潮の香りを冷たい風が運び、手がかじかむほどの寒さの中、男たちが大きな漁網を整え、出港にむけて準備をしていた。これから、この真っ暗闇の大海原に出発するのだ。わたしの胸がドキドキと高鳴ってきた次の瞬間、漁船が次々とエンジン音とともに、閃光していった。

真夜中の松川浦新漁港

いよいよ、だ。
光を灯した漁船が、ひとつ、またひとつと連なって漁港を出発し始めた。わたしは、愛車を走らせ、松川浦大橋のてっぺんに車を回した。大きな漁船が、わたしの下、大橋の下を雄大に通り過ぎていく。

30艘はあるだろうか。等間隔に、光を灯した漁船が暗闇の中に数珠の光となっていく様は圧巻だ。わたしの鼓動は瞬く間に早くなり、最高潮。わたしたちは、こうした働く男たちの力によって、美味しいお魚に出会え、幸福をいただいているのだ。

真夜中の松川浦新漁港から

海に映し出される桜色と緋色

真っ暗闇だった広い広い空が、少しずつ、淡い桜色に変わりはじめた。
松川浦新漁港から南に向かい、トンネルを抜けた大洲松川ラインの入口に愛車を停める。ここからは右手に静穏な松川浦、左手には荒々しい波が打ち寄せる太平洋の両方を一望できる。

太平洋側からザザン…ザザン…と等間隔に荒波の音が聞こえてくる。一方、松川浦は波ひとつなく、鏡のように水面が空と同じ淡い桜色に輝き、のどかさを貫いている。この両極ともいえる海の姿を一度に見られることに、わたしは、とてつもなく、贅沢を感じるのだ。

松川浦

太平洋のはるか遠く、地平線上から、一点の緋色が見えてきた。

昔は山の神々に「今日も一日よろしくお願いします」と祈るように見ていた、山から昇る朝日。しかしここでは、キラキラと煌めく海から顔を出す太陽が、母に見守られているかのようで「さぁ、今日もがんばるぞ」とわたしにエネルギーを与えてくれる。

太平洋の波音が、わたしの鼓動と連鎖して、とても心地のいい朝を迎えた。

松川浦から望む朝日

相馬の海は、色に満ちている

ふたたび愛車を走らせ、松川浦大橋を渡ると、相馬原釜の卸売市場に着いた。

威勢のいい声が聞こえる。
男たちだけではない。金平糖のようにカラフルなカッパに身を包んで、手際よく水揚げされた魚を仕分けている女性たちの声も聞こえる。漁師、仕分けをする女性たち、仲買人、漁協組合の職員…海に関わる人たちが次々と交差し、フォークリフトが行きかう、仕事場だ。

相馬原釜の卸売市場

500箱以上はあるだろう大量のトロ箱に、魚種やサイズごとに分けられた魚が見える。今朝、凍える寒さの中、出港した漁船が運んできた魚たちだ。

黒色、銀色、紅色、紫色、黄色…透き通った目をしたツヤツヤ輝くさまざまな色の魚たちに、わたしの心が踊る。広大な太平洋のどこで、どんなふうに泳いでいたのだろう。想像が膨らむ。

ついさっきまで、生きていた “いのち”。この “いのち” が、さまざまな働く人たちの手を伝って全国各地に運ばれ、わたしたちの口に届く。まさに、魚を食べてほっとする幸せな時間を、“いただいている” という実感が湧いてくるのだった。

水揚げされた魚

外海から松川浦に目を移すと、そこは一面、緑色の絨毯。

緑色の正体は、「あおさ」だ。正式名称はヒトエグサ。
この松川浦は、あおさ養殖産地の最北限なのだ。海水と淡水が絶妙に入り混じり、生育がよいという岩子漁港一帯。そこからは、二重の網にびっしりと張り付いた、あおさの養殖棚が見える。穏やかな波の中で、透き通る海の色とあおさの緑色のコントラストが何より艶やかだ。

そして、風によって運ばれた磯の香りが、わたしの脳をじっくりと心地よく支配する。ここで獲れたあおさを一口食べたらきっと、磯の香りがいっきに口いっぱいに広がり、風光明媚な松川浦の情景がパァッと思い浮かぶだろう。

松川浦を彩る、この緑色の絨毯は真冬から春先までしか見ることができないのが、なんとも寂しい。わたしは、恋しい気持ちで「また来年、会おうね」と手を振るのだった。

一面に広がるあおさ
(写真提供:株式会社マルリフーズ)

山に沈み、海を照らす橙色

風が冷たくなり、西から太陽の光が橙色になってわたしの顔を照らし始めた。

わたしはふたたび、朝日を眺めた大洲松川ラインの入口を訪れ、真っ先に、鵜ノ崎灯台へと続く階段を駆け上がった。これはひょっとして、綺麗な夕日が見られるのではと、期待に胸を高鳴らせながら、どんどん足早になっていく。

「海洋調査船へりおす乗組員之墓」の方面に向かい、ふと、立ち止まり後ろを振り向いた。すると、太陽の光が松川浦の水面を照らし、キラキラと輝く橙色の一本の大きな大きな道となっていた。

なんて美しいのだろう…。
わたしは息をするのも忘れるくらい、見とれていた。山にゆっくり、ゆっくりと沈んでいく太陽の光とともに、広大で穏やかな水面に映る橙色の美しさが、一気に一日の疲れを吹き飛ばした。

鵜ノ崎灯台へと続く道中で見た夕日

山に沈んでいく太陽とともに、松川浦に映し出される橙色が少しずつ消えていってしまうことに寂しさを感じながら、一日の中で巡り合ったさまざまな光や色に、わたしの胸はいっぱいになっていた。

真っ暗闇を照らす煌々とした漁船の光、空と海に映る淡い桜色と太陽の緋色。魚を仕分けする活気に満ちた女性たちのカラフルなカッパと、色とりどりの魚たち。磯の香りとともに安らぎをもたらしてくれる、あおさの緑色。そして、こころを浄化してくれる、包み込むような夕日の橙色。

ここ相馬に来て、わたしは新たな ”美しく尊いもの” に出会えた。

夕方の松川浦
相馬の海①
相馬の海➁
相馬の海③
相馬の海④

Writer Profile

高橋 あゆみ

福島市出身。相馬の山と海とのちょうどよい距離感に惚れて住み始める。ねこと温泉とひとり旅が好き。

<ライターおすすめ!相双地域の好きな場所>

新地町の「鹿狼山」。360°パノラマの頂上から見る、太平洋と町並みは圧巻。西側に吾妻連峰の山々も見え、地元福島市とのつながりも感じられる。

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